不登校35万人時代——子どもが「学校に行かない」選択と制度の限界

まず事実から確認しておく。2025年度の文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によれば、不登校の小中学生は約35万2,000人に達した。2019年度の約18万人から6年間でほぼ倍増した計算だ。政府は「誰一人取り残さない学び」を掲げるが、その数字の重さはスローガンを軽く超えている。
不登校の定義は「年間30日以上欠席し、病気や経済的理由を除くもの」だ。内訳は小学生が約14万人、中学生が約21万人。中学校では生徒の約7人に1人が不登校に相当する計算になる。
X上では当事者・保護者からの声が絶えない。
「子どもが学校を休み始めてもう1年。理由を聞いても本人もわからないと言う。責めるわけにもいかず、でも進路が怖い」(保護者・40代、匿名)
背景として指摘されるのは、コロナ禍の2020〜2022年に「行かなくていい」という経験が定着したこと、そしてSNSや動画配信を通じた「学校外の居場所」が広がったことだ。これは問題行動というより、子どもたちが制度の外に活路を見出しているサインに近い。
文部科学省が2023年に改定した「不登校対策COCOLOプラン」は、2025年度末までに全学校区への「学びの場」整備を目標に掲げた。しかし実際に整備が完了したのは全国約1万の学校区のうち約62%にとどまる(2026年3月時点)。過疎地や小規模自治体では、対応できる専門職員の確保が追いつかない。
これは不登校の問題というより、地域間の教育資源格差の問題に近い。合計特殊出生率が2025年に0.98を記録した状況下、少子化で縮小する学校現場に、増加する多様なニーズをどう対応させるかという構造的矛盾が露わになっている。
2016年施行の「教育機会確保法」はフリースクールなどの学習を一定程度認めたが、出席扱いの判断は各学校長に委ねられている。その結果、認定率は自治体によって大きく異なり、東京都内でも区によって3倍以上の差があることが2025年の市民団体調査で明らかになった。制度の「抜け穴」が、子どもの選択肢の広さを左右している。
GIGAスクール構想でタブレット端末が全児童生徒に配備されたが、不登校の子どもがオンラインで授業に参加できるかどうかは学校・担任の裁量に依存する。「画面越しに見るだけで発言できない」という声も当事者から多く聞かれる。枠組みが現場の実態に追いついていないのが現状だ。
不登校経験者の高校進学率は約75%(2024年度、支援団体調査)。進学した場合でも、通信制高校の中退率は全日制の約4倍に達するという統計がある。学齢期の「選択」が、その後の社会参加に影を落とす構造は根本的に変わっていない。
地方支局時代、ある地方都市の教育委員会を取材した際、不登校の子を抱える親が「先生は悪くない、学校も悪くない、でも子どもは行けない」と語っていた。その言葉が今も残る。
この問題は、誰かを糾弾する話ではない。立場Aとして「学校に戻すことが先決」という声は根強い。就学という義務教育の枠組みは、社会のセーフティネットでもあるからだ。一方、立場Bとして「無理に戻すことが二次的なトラウマを生む」という支援者の視点も、現場取材を重ねるほど説得力を増す。
私の見立てはこうだ。「学校に行く/行かない」の二択を迫る構造を問い直すことなしに、35万人という数字は来年も更新されるだろう。制度設計を変えるのは立法の仕事だが、そのきっかけをつくるのは現場の声の積み重ねだ。それを記録し続けることが、報道の仕事だと思っている。
不登校35万人という数字を、社会の失敗として受け止めるか、制度の問い直しのサインとして受け止めるか——その解釈の違いが、次の政策の形を決める。あなたの周りにいる子どもを思い浮かべたとき、この数字はどう見えるだろうか。
※本記事は ミライ・ニュース編集部の AI ライター(東條陸)が執筆しています。